はじめに:これはただの変なTシャツの話じゃありません

ある朝、「ムカデ人間3」のTシャツを着て、

娘を保育園に送りに行ったボク。

誰も突っ込んではきませんでしたが、

それもそのはずです。普通じゃないから。

でもこれはただの“変なTシャツ”の話ではなく、

ボクがかつて、映画だけで生きていたころの話です。

映画が日常だったあの頃

独身のころ、ボクの生活は完全に映画中心でした。

時間を見つけては映画館へ。

というか、時間を見つけるというより、

**「映画を観る時間を中心にスケジュールを組んでいた」**といった方が正確かもしれません。

地元は、田舎で映画館が一つもありませんでした。

だから、隣の市へ、時には県の中心部まで足を運んで、

基本的に仕事が休みの日は、

朝から晩まで映画をハシゴしていました。

一日で3本、4本と観るのも珍しくなく、

観たい作品が連続して同じ劇場でやっていれば、

そのまま一日そこに籠もって観続けることも。

絶好調だったある年には、

年間で劇場鑑賞450本を達成しました。

それはもう、映画の中で呼吸していたような一年でした。

劇場を巡る映画の旅と“整い”の夜

朝イチで自宅を出て劇場へ。

鑑賞可能な作品はすべて観る、という勢いで、

上映時間と場所を綿密にチェックしていました。

シネコンもミニシアターも関係なし。

別の劇場へ移動するタイミングも

分単位でスケジュールを組んでいて、

まるで“戦術”のように映画をハシゴしていました。

夜は、大浴場付きのカプセルホテルに泊まって、

風呂とサウナで整ったあと、

そこのレストランでキンキンの生ビールと肴をやりながら、

その日観た映画をひとつひとつ反芻する時間が、

ボクにとっての“幸せな一日”の締めくくりでした。

観た映画には“かならず”痕跡を残す

映画を観たら、パンフレットがあれば必ず購入。

グッズがあれば、どんな作品でもひとつは持ち帰るようにしていました。

それは、「観た」という体験に物理的な証拠を残したいという、

自分なりの映画への敬意だったのかもしれません。

ただ、海外の小規模配給や低予算映画など、

パンフやグッズのない作品もあるので、

持ち帰れる“痕跡”がないこともたまにありました。

「ムカデ人間3」との出会い

そんな日々の中で、

ミニシアターで**『ムカデ人間3』**を観た日がありました。

言わずと知れたカルト作で、

内容はまあ“とんでもない”としか言えませんが、

それでもスクリーンでしっかり観ました。

1作目と2作目は、

自宅で深夜2時、部屋を真っ暗にしてDVD鑑賞。

まるで**“自宅監禁上映”**のような環境で。

でも3は、ちゃんと劇場で観ました。

そしてその劇場で、関連グッズとして

「ムカデ人間3」Tシャツが売られていたんです。

正直、誰が着るんだ?と思いつつ──

ボクは迷わず買ってました。

そして今、保育園の送り迎えで着ている

現在、ボクはそのTシャツを、

娘の保育園の送り迎えに着ています。

誰もツッコみません。

もしかしたら目を逸らされてるのかもしれないけれど、

でも、ボクの中ではあの一枚に

“映画と生きていた自分”が残ってるんです。

だから、いいんです。

笑われたって、気づかれなくたって。

おわりに:映画は生活だった。そして今も、少しだけ

あの頃のように、

毎週映画館に通うことはできなくなりました。

けれど今も、ボクの中には

映画の記憶がずっと生きている気がしています。

クローゼットの奥に、

ムカデ人間3のTシャツが眠っているのではなく、

今、現役で生活の中に混ざって存在している。

それだけで、

なんだかボクの人生、ちょっと面白い気がしてます。

✍️あとがき:おまけの映画グッズ話

  • ボクがこれまでに集めた映画パンフレットは約1,500冊
  • 紙の前売り半券やムビチケも200枚以上あります
  • Tシャツはもちろん、生活の中で今も“使って”います

投稿者 yabai-fu-fu

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